一つだけとても目を引くものがあった

その町はのどかな田舎町で、目立った遊び場などもなかったが、一つだけとても目を引くものがあった。
町の外れ、たんぼが延々と続く道にぽつんと建っている一軒の空き家。一見するとただの古びた空き家だが、目を引く理由があったのだ。
一つは、村の大人たちの過剰な反応。その空き家の話をしようとするだけで子供たちは厳しく叱られ、時にはひっぱたかれることもあった程だ。
もう一つは、なぜかその家には玄関が無かったということ。以前に誰かが住んでいたとしたら、一体どうやって出入りしていたのか?
そういった謎めいた要素が興味をそそり、いつからか『パンドラ』と勝手に名付けられるようになって、当時の子供たちの一番の話題になっていたのだった。
その村に住むA子という少女が中学に上がった頃、ある男子がパンドラの話に興味を持ち、「ぜひ見てみたい」と言いだした。名前はB男とする。
当時A子と仲の良かったC夫・D介・E美と、B男を含めた5人で話をしている時にたまたまその話題になり、他県から引っ越してきたばかりだったB男が話に食い付いたのだった。
A君はこの話を聞くと、「何を隠してるのかオレたちで突き止めてやろうぜ!」と、意気揚揚として言い出した。
親に怒られるのを恐れたA子たちは最初こそ渋っていたが、今までそうしたくとも出来なかったうっぷんを晴らせるということで、結局みんな同意。
いつも遊ぶ時によくついてくるE美の妹を含めた6人で、日曜の昼間に集合した。なぜか各自リュックサックを背負って菓子などを持ち寄り、まるで遠足のような感覚で浮かれまくっていた。
前述の通り問題の空き家は玄関がないため、中に入るには一階のガラス戸を割って入るしかなかった。
入ってみると、そこは居間だった。左側に台所、正面の廊下に出て左には浴室、右には2階へ続く階段。
昼間なので部屋の中は明るかったが、玄関が無いせいか廊下のあたりは薄暗く見えた。
家具もなく、人が住んでいたような形跡は皆無で、居間も台所もごく普通のものだった。
「普通だな~何かしら物が残ってると思ったのに。」
男3人はつまらなそうにお菓子をボリボリ食べ始めた。
「てことは、秘密は2階かな」
A子とE美はE妹の手を取りながら2階に向かおうと廊下に出た。しかしその瞬間、2人は心臓が止まりそうになる。
左に伸びた廊下の途中にある浴室と、突き当たりにあるトイレのちょうど中間あたりに鏡台が置かれ、真ん前につっぱり棒のようなものが立てられていた。そして、その棒には髪の毛がかけられていたのだ。
どう表現すればいいのだろうか、カツラのように髪型として形を成したもの、ロングヘアの女性の後ろ髪がそこにあるという感じだ。
まるで『女が鏡台の前で座ってる姿』を再現したような光景。一気に鳥肌が立ち、「何なのこれ!?」と軽くパニックになるA子とE美。
何だ何だ?と廊下に出てきた男3人も、意味不明な光景に唖然となった。
「どうする…?廊下通んないと2階に行けないぞ」
とB男が言ったが、A子とE美、D介の3人は予想外な展開に完全に探索意欲を失ってしまった。
「あれを見ないように行けば大丈夫だって。何か出てきたって階段降りたらすぐ出口だぜ?」
B男・C夫の両人はどうしても2階を見たいらしく、引け腰の3人を急かす。
しかし次の瞬間、A子はあることに気が付いた。E美の妹がいないのだ。
A子たちは唯一の出入口であるガラス戸の前にいたので、外に出たという事はありえない。
「もしかして上に行ったんじゃ…」
その一言に、全員が廊下に出て階段を駆け上がった。階段を上り終えると部屋が二つあり、まずは正面のドアを開けた。
中には何もなく、E妹の姿もない。
「あっちだな」A子たちはもう一方のドアに近付き、ゆっくりと開けた。
E妹はいた。が、A子たちは言葉も出せずその場で固まってしまった。なぜならその部屋の中央には、下にあったものと全く同じものがあったのだ。
鏡台とその真ん前に立てられた棒、そしてそれにかかった長い後ろ髪。再び異様な恐怖に包まれ、全員立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。
「姉ちゃん、これなぁに?」
不意に彼女は鏡台に近付き、三つある引き出しの内の一番上の引き出しを開けた。
E妹がその引き出しから取り出して、A子たちに見せたもの…。それは、筆のようなもので『禁后』と書かれた半紙だった。
意味がわからず、E妹を見つめるしかない全員。E妹は構わずその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取り出した。
全く同じもの、『禁后』と書かれた半紙だった。
何が何だかわからず、A子はガタガタと震えるしか出来なかった。E美が妹に駆け寄り、半紙を取り上げて引き出しにしまおうとした。
この時、E妹が半紙を出した後にすぐに二段目の引き出しを閉めてしまっていたのが問題だった。
慌てていたのかE美は、二段目ではなく三段目の引き出しを開けてしまったのだ。
その途端、E美は動かなくなった。黙ってじっと中を見つめたまま、微動だにしない。
「どうした?何だよ!?」
みんなで二人に駆け寄ろうとした瞬間、
ガンッ!!
と大きな音をたてて、E美が引き出しを閉めました。そして突然、肩より長いくらいの自分の髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしたのだ。
「どうした!?」
「E美?しっかりして!」
みんなが声をかけても反応は無く、ひたすら自分の髪をしゃぶり続けている。
その行動に恐怖を感じたE妹が泣き出してしまった。
「とにかく帰るぞ! ここにいたくねえ!」
E美を男三人が抱え、私はE妹の手を握り急いでその家から出ました。
空き家から一番近かったA子の家に駆け込み、A子は大声で母親を呼びました。泣きじゃくるA子たちとE妹、汗びっしょりで茫然とする男3人、そして奇行を続けるE美。
声を聞いたA子の母が何事かと現れた。
「お母さぁん!」
泣きながら事情を説明しようとしたとき、母親はA子と男3人を突然ビンタで殴り、怒鳴りつけた。
「あんたたち、あそこへ行ったね!? あの空き家へ行ったんだね!?」
普段見たこともない形相に、A子たちは必死に首を縦に振ることしかできない。
「あんたたちは奥で待ってなさい。すぐご両親たちに連絡するから」
そう言うとA子の母親はE美を抱き抱え、2階へ連れていった。
一時間ほどしてそれぞれの親たちが集まった頃、A子の母親だけが居間に来て、ただ一言、
「この子たちがあの家に行ってしまった」
と言った。
親たちはざわざわとして、動揺したり取り乱したりしはじめた。
「お前ら! 何を見た!? あそこで何を見たんだ!?」
A子たちは頭が真っ白で応えることができなかったが、何とかB男とC夫が懸命に事情を説明し始めた。
「見たのは鏡台と変な髪の毛みたいな…」
「他には?見たのはそれだけか!?」
「あとは…何かよくわかんない言葉が書いてある紙…」
その一言で急に場が静まり返った。
と同時に、二階からものすごい悲鳴。A子の母親が慌てて二階に上がり、数分後、A母親に抱えられて降りてきたのは、E美の母だった。
まともに見ることが出来ないほど、涙でくしゃくしゃだった。
「見たの…? E美は引き出しの中を見たの!?」
E美のお母さんがA子たちに詰め寄る。
「一段目と二段目は僕らも見ました…三段目は…D子だけです」
言い終わった途端、E美の母親はものすごい力でA子たちの体を掴み、
「何で止めなかったの!? あんたたち友達なんでしょう!?」
と叫びだしたのだ。
E美の父親、他の親たちが必死で押さえ、なだめると、E妹を連れてまた二階へ上がって行ってしまった。
A子たち4人はC夫の家に移り、C夫の両親から話を聞かされた。
「お前たちが行った家はな、あの鏡台と髪の為だけに建てられた家なんだ。わたしたちが子供の頃からあった。あの鏡台は実際に使われていたもので、髪の毛も本物だ。それから、お前たちが見たっていう言葉はこの言葉だな?」
そう言ってC夫の父親は紙に『禁后』と書いてA子たちに見せた。A子たちが頷くと、C夫の父親はその紙を丸めてごみ箱に投げ捨て、話を続けた。
「これはあの髪の持ち主の名前だ。読み方は、知らない限りまず出てこないような読み方だ。お前たちが知っていいのはここまで。金輪際、あの家の話をするのも近づくのも絶対にやめろ。とりあえず今日はうちに泊まって休みなさい」
そう言って席を立とうとした父親に、C夫は意を決したように聞いた。
「E美はどうなったんだよ!? あいつは何であんな…」
言い終わらない内に、C夫の父親がさえぎりました。
「あの子の事は忘れろ。二度と元には戻れない。それに…お前たちはあの子のお母さんからこの先一生恨まれ続ける。今回の件で誰かの責任を問う気はないが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ? お前たちはもうあの子に関わっちゃいけないんだ」
そう言って、C夫の父親は部屋を出て行ってしまった。A子たちは何も考えられず、その後どうやって過ごしたかも覚えていない。本当に長い1日だった。
翌日からA子たちは一切この件に関する話はせず、E美がどうなったかもわからない。学校には一身上の都合となっていたようだが、一ヵ月程してどこかへ引っ越してしまった。
またあの日、A子たち以外の家にも連絡が行ったため、町全体からあの空き家に関する話は減っていった。ガラス戸などにも厳重な対策が施され、一切中に入ることができなくなったという。
A子やB男たちはあれ以来、自然と疎遠になっていった。高校も別々で、私も三人も町を出ていき、それから十年以上の年月が流れた。
A子たちにとっては、結局、何もわからずじまいだった。ただ最後に、A子が大学を卒業した頃、E美の母親からA子の母宛てに手紙がきた。
A子が内容を聞いても母は決して教えようとしなかったのだが、その時の母親の意味深な言葉が今でもA子の胸に引っ掛かっている。
「母親っていうのは最後まで子供の為に隠し持ってる選択があるのよ。もし、ああなってしまったのがあんただったとしたら、私もそれを選んでたと思う。例えそれが間違った答えだとしてもね」